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本研究のテーマ

■ 本研究の背景 ■ 本研究のテーマ ■ 本研究の特長 ■ 代表的な成果

 

本研究室の研究テーマ

本研究室は以上の半導体スピントロ二クスの様々な課題を解決できる新材料、新デバイス構造の研究開発を行う。代表的な研究テーマを以下に紹介する。

1.次世代強磁性半導体:Fe系強磁性半導体

本研究室では、従来のMn系強磁性半導体の問題点を全て解決できる次世代強磁性半導体、Fe系強磁性半導体の研究開発を行っている。Fe強磁性半導体はMn系強磁性半導体よりも、次の点で優れている。

 p型だけではなくn型強磁性半導体も作製できる
従来の強磁性半導体では、磁性ドーパント(Mn)が母体の半導体にスピンとキャリアを同時に提供するため、キャリアタイプの制御ができなかった。本研究で使用する鉄(Fe)のドーパントはIII-V族半導体中に中性状態であるため、スピンのみがFe原子によって提供される。そのため、別のドナーやアクセプターを提供することによって、強磁性半導体のキャリアタイプ(電子・正孔)を選択することができる。
◆ 室温で動作可能な強磁性半導体を作製できる
従来のMnなどの磁性ドーパントと比べて、Fe原子の原子軌道間の交換相互作用が大きい。そのため、室温で動作可能な強磁性半導体が期待できる。
◆ バンド構造と強磁性の発生メカニズムの解明が容易である
従来の強磁性半導体では、磁性原子が同時にスピンとキャリアを提供するため、磁性原子のsp-d軌道の混成が発生し、バンドギャップ中に不純物バンドが存在する。キャリアは不純物バンド中に伝導すると理解されている。そのために、バンド構造の解析が極めて困難であり、強磁性メカニズムの解明も簡単ではない。それに対して、鉄系強磁性半導体はスピンを担う局在電子と伝導を担うキャリアが分離されるため、キャリアが不純物バンドには存在しない。そのため、バンド構造と強磁性メカニズムの解析がより容易であり、デバイス応用上大きな利点となる。

本研究室は世界で初めてn型電子誘起強磁性半導体(In,Fe)Asの開発に成功した。当時はn型電子誘起強磁性半導体は実現不可能だと言われたため、この開発の意義が大きい。n型強磁性半導体ができたことで、初めて強磁性p-n接合など、強磁性半導体デバイスが作製できるようになった。

 

InFeAs

図3. (a) 開発した(In,Fe)As結晶の格子像および(b)原子分布。非常に高濃度のFeをInAsにドーピングしたにもかかわらず、綺麗な閃亜鉛鉱型単結晶が得られたことが分かる。Appl. Phys. Lett. 101, 182403 (2012)から出典。

しかも、(In,Fe)Asは次のように従来の強磁性半導体では観測されていない独特な特性が多く見られた。

 伝導電子は不純物バンドではなく、伝導帯に滞在する
従来のMn系強磁性半導体では、キャリアは不純物バンド中に伝導すると理解されている。そのために、バンド構造の解析が極めて困難であり、強磁性メカニズムの解明も簡単できない。それに対して、本研究はn型の(In,Fe)Asでは、伝導電子が伝導帯に滞在することを明らかにした。そのため、バンド構造と強磁性メカニズムの解析がより容易であり、デバイス応用上大きな利点となる。
[参考文献:Appl. Phys. Lett. 101, 252410 (2012)]。

■ 独特な8回対称性磁気抵抗効果
一般的に、磁性体では、結晶構造を反映する4回対称の磁気抵抗効果を示す。しかし、(In,Fe)Asの強磁性半導体では、独特な8回対称性磁気抵抗効果が発現した。この高次な対称性はFe-Asの正四面体的な結合で説明できることを明らかにした。
[参考文献:Appl. Phys. Lett. 100, 262409 (2012)]。

■ 量子効果の出現と波動関数制御による強磁性変調
従来の強磁性半導体では、結晶性が悪く、移動度が非常に低くて(1 cm2/Vs)、キャリアのcoherencyがないため、量子サイズ効果が発現できない。それに対して、本研究で作製した(In,Fe)Asは最大で600 cm2/Vsと二桁以上高い移動度を示す。本研究では量子井戸構造を作製し、量子サイズ効果の観測に成功した。さらに、量子井戸の幅を変えて、波動関数と磁性層との相対的な位置を制御することによって、強磁性変調に成功した。この「波動関数制御による強磁性変調」は世界初の実証である。
[参考文献:Appl. Phys. Lett. 104, 042404 (2014)]。

 歪みエンジンリアリングでキュリー温度を倍増
さらに(In,Fe)Asに対して、適切な歪みおよび量子井戸構造を作製すれば、同じ条件でもキュリー温度を倍増できることを示した。また、その強磁性の増大も理論モデルに基づいた数値計算でよく再現できた。
[参考文献:Appl. Phys. Lett. 104, 142406 (2014)]。

 

2.  スピンp-n接合ダイオード、スピントランジスタの研究開発

本研究室では、 強磁性半導体の接合を用いたスピンp-nダイオード、スピンバイポーラトランジスタ、スピン電界効果トランジスタの研究開発を行っている(図4)。

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図4. スピンp-nダイオード、スピンバイポーラトランジスタ、スピン電界効果トランジスタ。

本研究で実現しようとする2端子デバイス(スピンp-n接合)および3端子デバイス(スピントランジスタ)における共通の特長は、従来の半導体デバイスと同じ動作が可能であると同時に、デバイス内部に含む強磁性体のスピン自由度を生かして、強磁性半導体層の磁化の向きによって出力特性を不揮発的に変えることができる点である。このようにデバイスの作製後に出力特性が可変であるという特長を生かし、半導体ベースの超高密度の不揮発性磁気メモリ、再構成可能な論理回路、ノーマルオフの論理回路に応用することができる。

 

3.GaAs:MnAs強磁性ナノ微粒子の作製、スピン依存電気伝導特性の評価、単電子スピントランジスタへのデバイス応用

GaAs半導体中にMnを添付して、高温で(580℃)で熱処理することによって、半導体結晶中に六方晶のMnAsナノ微粒子を形成できる。本研究室はこのGaAs:MnAs強磁性ナノ微粒子を含むヘテロ構造の作製、そのスピン依存電気伝導特性の評価およびそのデバイス応用の研究開発を行っている。たとえば、図5にGaAs / AlAs 半導体、GaAs:MnAsナノ微粒子およびMnAs強磁性薄膜からなる半導体ベースの磁気トンネル接合(magnetic tunnel junction; MTJ)の断面図を示す。図6にMnAsナノ微粒子とGaAs半導体の結晶方位の関係を示し、結晶構造がまったく異なるMnAsナノ微粒子を内包する単結晶のGaAs:MnAsが作製できることが分かる。


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図5. 上から、 MnAs 20 nm / GaAs 1 nm / AlAs 3 nm / GaAs:MnAs 10 nmの半導体磁気トンネル接合の断面像。

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図6.  GaAs半導体とMnAsナノ微粒子の結晶方位の関係。

このような単結晶な半導体MTJを用いて、本研究室は強磁性金属 / 半導体の複合構造において世界最高のトンネル磁気抵抗効果 (TMR)を出している。この研究によって、強磁性金属と半導体を材料レベルで融合できることを示した。[参考文献: Appl. Phys. Lett. 89, 021104 (2006)]

さらに、MnAsナノ微粒子のサイズがナノレベルと小さいことから、様々な量子サイズ効果が出現している。たとえば、同じ微粒子に2個の電子を閉じ込めると、2個の電子の間にクーロン反発力が発生するため、静電エネルギーが余計にU分だけ高くなる。従って、先に1個の電子を微粒子に注入しておいた場合、バイアス電圧が~ U/e と比べて十分小さければ、2個目の電子が微粒子にトンネルできない「クーロンブロッケード」(Coulomb Blockade)現象が発生する。つまり、同じ微粒子に2個以上の電子が存在できない。従って、微粒子をチャンネルとするトランジスタを作製できれば、電子1個ずつ伝導させる「単電子トランジスタ」を作製できる。本研究室では、さらに強磁性の特長を生かして、トンネル電流の大きさを強磁性微粒子の磁化の向きで変化させられる「単電子スピントランジスタ」(Single Electron Spin Transistor; SEST)を提案、作製および評価を行っている。図7にMnAsナノ微粒子1個をチャンネルとして持っているSESTのプロセスフロー、図8に実際に作製したSESTの走査型電子顕微鏡による平面像を示す。

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図7. MnAsナノ微粒子1個をチャンネルとして持っているSESTのプロセスフロー。

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図8. 作製したSESTの走査型電子顕微鏡による平面像。

 

このように、本研究室では、ナノプロセス技術を駆使し、ナノレベルのSESTが作製できる。さらに、SEST素子において、単電子効果に起因する微分電流電圧特性のクーロン階段およびTMRの振動現象を観測した(図9)。また理論との比較から微粒子中の電子スピンの緩和時間を割り出した。その結果、MnAs微粒子が低温において10 μsと極めて長いスピン緩和時間(現時点では世界記録)を持つことを見出した。[参考文献:Nature Nanotech. 5, 593-596 (2010)]

 

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図9. SESTにおける微分電流電圧特性のクーロン階段(左)およびTMRの振動現象(右)の観測。TMR振動の実験を理論でフィッティングした結果、10 μsと強磁性金属ナノ微粒子において世界最長のスピン緩和時間を実現した。Nature Nanotech. 5, 593 (2010)から出典。

 

また、MnドープしたGaAsの熱処理温度を約480℃に減らせば、閃亜鉛鉱型構造のMnAs微粒子(サイズが 2nm以下)が作製できる。この微粒子を含むMTJ構造において巨大な磁気抵抗効果およびスピン起電力を観測した[ Nature 458, 489 (2009)]。スピン起電力とは磁化反転によって生じた起電力のことで、磁気エネルギーを電気エネルギーに直接変換する現象であるため、静磁場下でも起こりうる。この現象は最近にMITのMooderaグループによって再現されている[Nature communication 5, 3682 (2014) ]。今後にさらなる実験・理論的な発展が期待できる。

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図10. 閃亜鉛鉱型MnAsナノ微粒子を含むMTJにおける巨大磁気抵抗効果(左)およびスピン起電力の発生(右)。Nature 458, 489 (2009)から出典。

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